『ムー大陸』wikipediaより
古史古伝の竹内文書を紹介した1940年(昭和15年)10月刊行の『天国棟梁天皇御系図宝ノ巻き前巻・後巻』(児玉天民 太古研究会本部)で、
葺不合朝(ウガヤフキアエズ王朝)69代神足別豊鋤天皇の代に「ミヨイ」、「タミアラ」という大陸(というよりも島)が陥没したとし、その世界地図が記載されている
(1934年(昭和9年)5月の『大日本神皇記』(皇国日報社)では4代天之御中主神身光天皇と35代の千足媛不合10代天日身光萬國棟梁天皇の時とする。
ただし「ミヨイ」、「タミアラ」の名称はない。
竹内文書では、これらの島では五色人(白人・黒人・赤人・青人・黄人)と王族の黄金人が暮らしていたが天変地異で沈んだため、天の岩船で日本など太平洋の沿岸域に避難したとする。
「ノアの洪水」に代表される世界の大洪水はこのときの「ミヨイ」「タミアラ」の水没の影響としている。
なお、日本における天皇家はムーの黄金人の子孫であるとし、日本人こそムーの正統であるとしていた。
この説は第二次世界大戦前、日本の天皇こそが世界の正統的な支配者であるということを裏付ける根拠の一つとして一部の急進的な愛国者の間で支持されたものの、国が教育する天皇像や皇国史観から大きく逸脱しているため弾圧された。
以上、wikipediaより抜粋。
ちなみに、精神世界の巨人・出口王仁三郎氏も、ムー大陸の秘密について、かなり知っていたようです。。?
↑昨年、ムーの香りが残る宮古島の秘境にある聖地にて。(上)私の右側に写ってる方は益戸育江さん(女優名 高樹沙耶さん)、(下)世界的音楽家 岡野弘幹さん。シャーマニックな音霊が聖地を癒しました。
↑宮古島の超聖地 大神島をのぞむ聖地にある神社にて。昨年、ここでも岡野弘幹さんに音霊を奉納していただきました。
http://shinsukek.ldblog.jp/archives/27751264.htmlからの続き。
アトランティスに落ちてくると予測された隕石の軌道を変えようとした ムーの大王 ラ・ムーの意志に背いた二人の神官、、、
ここでは、カムイとユタという名にしておこう。
カムイとユタもまた、各々、ムー大王国を構成する12の小国の国王でもあった。。。
彼らは、秘密裏に大王に背いたわけではなかった。
隕石落下が予測され、すぐさま、神官たちの間で、議論されたわけだが、
この二人の神官以外は、宇宙の摂理に反する軌道修正の方法を選んだのだ。
しかし、この二人の神官は、その方法論が腑に落ちなく、最後の最後まで抵抗した。
ユタは言った。
「原初のムー大王国の民たちは、かつて、我々が地球に降り立った意味を理解し、あらゆる出来事は、人類進化のために用意されたものであり、いかなる苦難が訪れようとも、それは、進化のための試練だと受け止め、現象を対処するのではなく、民一人一人の意識の進化が必要であることを理解していた。
しかし、近年、我々ムーの民は、初志を忘れてしまった。
進化のチャンスであるというのに、
隕石の軌道を変えても、また別のカタチで、神は我々を試すだけであろう。さらなる苦難となって。
カムイよ。我々の力で、何とか民たちに、初志を思い起こすよう、国中を回ろう。
初志を思い出し、隕石落下を大チャンスに変えられる人々を、一人でも多く、探そう。
そして、そのものたちと共に、祈ろう。
隕石の軌道を変える祈りではなく、
まだ目覚ぬ人々が目覚め、初志に返り、進化の道を歩むことを祈ろう。
そして、その祈りが、宇宙の法に反しなくても、全ての現象が、人類にプラスになることを証明しよう。
時間はない。急いで回るぞ。ムーの国中を回るのだ。
また、同時に、祈りのパワーが最大限活かされるように、最高の祭場を作るぞ。今は荒廃した不毛の地であるムー最北端の地を活かすのだ。それは依り代になるはずだ。
そして、その依り代は沈まぬ地となるのだ。。。」
地球の運行を司るために超古代に地球に飛来してきたホワイト・ブラザー・フッド時代の記憶があるユタには勝算があったのだ。
ムーの大王やアトランティスは、その時代の最先端のテクノロジーで解決しようと考えていたが、
ユタとカムイは、自然現象を超えられるものは、宇宙の法(法則・リズム)にチューニングを合わせた人間の意識の力しかないと考えていた。
カムイは言った。
「我々人民が至らぬ故、天は試練を与えようとしている。
ならば、我々人民が、その試練を超える挑戦を挑めば、天は、わざわざ試練を与える必要が無くなるのだ。
(攻撃は最大の防御と現代では言うが)挑戦こそ、最大の防御なり」と。
そして、二人は飛んだ。
天の磐船に乗り、手分けし、西へ、東へ飛んだ。
彼らの国(小国)、ヨミ(ヨナ)の国とエミ(エミシ)の国の民たちは、自分たちの王を誇りに思い、
また、彼らに心配をかけまいと、
ヨミの国、エミの国の神官・巫女たちは、国王不在の自分たちの国は自分たちで調和維持に務めた。
ユタとカムイは、各地に何度も何度も回った。
また、不毛の地、ムー最北端の地にも、何度も出かけ、あることをしていた。。。
それらの動きは順調のように思えた。。。
ところが、
彼らの活動は、ムーの大王や他の神官たちには、指示は得られないままだったこともり、
その二人の神官の動きに嫌悪感を感じ、裏で、その動きを阻止する者たちも現れていた。。。
それでも、彼らは飛んだ。
力の限り、飛んだ。走り続けた。
後世残る者たちのことを思い、必死で走った。
そのお陰で、彼らの考えに共鳴し、意識を高めようとする者たちが増えてきた。
最北の不毛の地も整備されつつあった。
しかし、そんな順風満帆のように見えた矢先、彼らの挑戦に大きな試練がやってきた。
彼らの活動によって、目を覚ます民が増え、ムー大王国の統制が取れなくなることを危惧したムーの大王と10人の神官たちからの妨害が表面的に起こり始めたのだ。。。
続く。
PS、、、
下記の二つの「ある作文」は、昔(2004〜2005年頃)、私が所属していたNPO地球村の高木善之さんの『本当の自分』という著書に書かれている私の大好きな作文です。
素晴らしい作文なんで、ご一読を。
私たちの在るべき姿のヒントがあります。。。
【僕は走っています】(ある作文から)
きのうは運動会でマラソンに出ました。
僕はふだんから練習していて自信があったので、「十番以内にはいったら、ごほうびにどこか連れて行って」とお父さんに頼んでいました。
思い切り走りました。
途中まで三番でした。
十番以内は確実だと思いました。
途中の細い道のところに大きな石が転がっていました。
僕はいったん通り過ぎてから「危ないな、誰か転ぶな」と思いました。
それで止まって引き返して、その石をどかしました。
その間に、だいぶん追い抜かされて、十一位になりました。
十番以内になれなかったけど、
僕はすごくいい気持ちがしました。
僕は今も走っています。
【うちの家はみんなが悪い】(ある作文から)
きょう私が学校から帰ると、
お母さんが「お兄ちゃんの机を拭いていて金魚蜂を落として割ってしまった。もっと気をつければよかったのに、お母さんが悪かった」といいました。
するとお兄ちゃんは、「僕が端っこに置いておいたから、僕が悪かった」って言いました。
でも私は思い出しました。
きのうお兄ちゃんが端っこに置いたとき私は「危ないな」って思ったのにそれを言わなかったから、私が悪かったと言いました。
夜、帰ってきてそれを聞いたお父さんは、「いや、お父さんが金魚蜂を買うとき、丸い方ではなく四角い方にすればよかったなあ。お父さんが悪かった」と言いました。
そしてみんなが笑いました。
うちはいつもそうなんです。
うちの家はいつもみんなが悪いのです。
では、また!
古史古伝の竹内文書を紹介した1940年(昭和15年)10月刊行の『天国棟梁天皇御系図宝ノ巻き前巻・後巻』(児玉天民 太古研究会本部)で、
葺不合朝(ウガヤフキアエズ王朝)69代神足別豊鋤天皇の代に「ミヨイ」、「タミアラ」という大陸(というよりも島)が陥没したとし、その世界地図が記載されている
(1934年(昭和9年)5月の『大日本神皇記』(皇国日報社)では4代天之御中主神身光天皇と35代の千足媛不合10代天日身光萬國棟梁天皇の時とする。
ただし「ミヨイ」、「タミアラ」の名称はない。
竹内文書では、これらの島では五色人(白人・黒人・赤人・青人・黄人)と王族の黄金人が暮らしていたが天変地異で沈んだため、天の岩船で日本など太平洋の沿岸域に避難したとする。
「ノアの洪水」に代表される世界の大洪水はこのときの「ミヨイ」「タミアラ」の水没の影響としている。
なお、日本における天皇家はムーの黄金人の子孫であるとし、日本人こそムーの正統であるとしていた。
この説は第二次世界大戦前、日本の天皇こそが世界の正統的な支配者であるということを裏付ける根拠の一つとして一部の急進的な愛国者の間で支持されたものの、国が教育する天皇像や皇国史観から大きく逸脱しているため弾圧された。
以上、wikipediaより抜粋。
ちなみに、精神世界の巨人・出口王仁三郎氏も、ムー大陸の秘密について、かなり知っていたようです。。?
↑昨年、ムーの香りが残る宮古島の秘境にある聖地にて。(上)私の右側に写ってる方は益戸育江さん(女優名 高樹沙耶さん)、(下)世界的音楽家 岡野弘幹さん。シャーマニックな音霊が聖地を癒しました。
↑宮古島の超聖地 大神島をのぞむ聖地にある神社にて。昨年、ここでも岡野弘幹さんに音霊を奉納していただきました。
http://shinsukek.ldblog.jp/archives/27751264.htmlからの続き。
アトランティスに落ちてくると予測された隕石の軌道を変えようとした ムーの大王 ラ・ムーの意志に背いた二人の神官、、、
ここでは、カムイとユタという名にしておこう。
カムイとユタもまた、各々、ムー大王国を構成する12の小国の国王でもあった。。。
彼らは、秘密裏に大王に背いたわけではなかった。
隕石落下が予測され、すぐさま、神官たちの間で、議論されたわけだが、
この二人の神官以外は、宇宙の摂理に反する軌道修正の方法を選んだのだ。
しかし、この二人の神官は、その方法論が腑に落ちなく、最後の最後まで抵抗した。
ユタは言った。
「原初のムー大王国の民たちは、かつて、我々が地球に降り立った意味を理解し、あらゆる出来事は、人類進化のために用意されたものであり、いかなる苦難が訪れようとも、それは、進化のための試練だと受け止め、現象を対処するのではなく、民一人一人の意識の進化が必要であることを理解していた。
しかし、近年、我々ムーの民は、初志を忘れてしまった。
進化のチャンスであるというのに、
隕石の軌道を変えても、また別のカタチで、神は我々を試すだけであろう。さらなる苦難となって。
カムイよ。我々の力で、何とか民たちに、初志を思い起こすよう、国中を回ろう。
初志を思い出し、隕石落下を大チャンスに変えられる人々を、一人でも多く、探そう。
そして、そのものたちと共に、祈ろう。
隕石の軌道を変える祈りではなく、
まだ目覚ぬ人々が目覚め、初志に返り、進化の道を歩むことを祈ろう。
そして、その祈りが、宇宙の法に反しなくても、全ての現象が、人類にプラスになることを証明しよう。
時間はない。急いで回るぞ。ムーの国中を回るのだ。
また、同時に、祈りのパワーが最大限活かされるように、最高の祭場を作るぞ。今は荒廃した不毛の地であるムー最北端の地を活かすのだ。それは依り代になるはずだ。
そして、その依り代は沈まぬ地となるのだ。。。」
地球の運行を司るために超古代に地球に飛来してきたホワイト・ブラザー・フッド時代の記憶があるユタには勝算があったのだ。
ムーの大王やアトランティスは、その時代の最先端のテクノロジーで解決しようと考えていたが、
ユタとカムイは、自然現象を超えられるものは、宇宙の法(法則・リズム)にチューニングを合わせた人間の意識の力しかないと考えていた。
カムイは言った。
「我々人民が至らぬ故、天は試練を与えようとしている。
ならば、我々人民が、その試練を超える挑戦を挑めば、天は、わざわざ試練を与える必要が無くなるのだ。
(攻撃は最大の防御と現代では言うが)挑戦こそ、最大の防御なり」と。
そして、二人は飛んだ。
天の磐船に乗り、手分けし、西へ、東へ飛んだ。
彼らの国(小国)、ヨミ(ヨナ)の国とエミ(エミシ)の国の民たちは、自分たちの王を誇りに思い、
また、彼らに心配をかけまいと、
ヨミの国、エミの国の神官・巫女たちは、国王不在の自分たちの国は自分たちで調和維持に務めた。
ユタとカムイは、各地に何度も何度も回った。
また、不毛の地、ムー最北端の地にも、何度も出かけ、あることをしていた。。。
それらの動きは順調のように思えた。。。
ところが、
彼らの活動は、ムーの大王や他の神官たちには、指示は得られないままだったこともり、
その二人の神官の動きに嫌悪感を感じ、裏で、その動きを阻止する者たちも現れていた。。。
それでも、彼らは飛んだ。
力の限り、飛んだ。走り続けた。
後世残る者たちのことを思い、必死で走った。
そのお陰で、彼らの考えに共鳴し、意識を高めようとする者たちが増えてきた。
最北の不毛の地も整備されつつあった。
しかし、そんな順風満帆のように見えた矢先、彼らの挑戦に大きな試練がやってきた。
彼らの活動によって、目を覚ます民が増え、ムー大王国の統制が取れなくなることを危惧したムーの大王と10人の神官たちからの妨害が表面的に起こり始めたのだ。。。
続く。
PS、、、
下記の二つの「ある作文」は、昔(2004〜2005年頃)、私が所属していたNPO地球村の高木善之さんの『本当の自分』という著書に書かれている私の大好きな作文です。
素晴らしい作文なんで、ご一読を。
私たちの在るべき姿のヒントがあります。。。
【僕は走っています】(ある作文から)
きのうは運動会でマラソンに出ました。
僕はふだんから練習していて自信があったので、「十番以内にはいったら、ごほうびにどこか連れて行って」とお父さんに頼んでいました。
思い切り走りました。
途中まで三番でした。
十番以内は確実だと思いました。
途中の細い道のところに大きな石が転がっていました。
僕はいったん通り過ぎてから「危ないな、誰か転ぶな」と思いました。
それで止まって引き返して、その石をどかしました。
その間に、だいぶん追い抜かされて、十一位になりました。
十番以内になれなかったけど、
僕はすごくいい気持ちがしました。
僕は今も走っています。
【うちの家はみんなが悪い】(ある作文から)
きょう私が学校から帰ると、
お母さんが「お兄ちゃんの机を拭いていて金魚蜂を落として割ってしまった。もっと気をつければよかったのに、お母さんが悪かった」といいました。
するとお兄ちゃんは、「僕が端っこに置いておいたから、僕が悪かった」って言いました。
でも私は思い出しました。
きのうお兄ちゃんが端っこに置いたとき私は「危ないな」って思ったのにそれを言わなかったから、私が悪かったと言いました。
夜、帰ってきてそれを聞いたお父さんは、「いや、お父さんが金魚蜂を買うとき、丸い方ではなく四角い方にすればよかったなあ。お父さんが悪かった」と言いました。
そしてみんなが笑いました。
うちはいつもそうなんです。
うちの家はいつもみんなが悪いのです。
では、また!
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